そうさおまえはスターゲイザー

スターゲイザーは星を見つめるもの、という意味で、天文学者、とか、占星術師、とか、夢想家、という意味がある。らしい。編集者は言い換えると、スターゲイザーなのかも。

あいのあいまにあいまいにたゆたう

 ロックユーに誘っていたけど一緒に行けなかった先輩にかったお土産をようやく渡せた。といっても、渡しに行ったら不在だったので、メモをつけて机に置いてきただけ。今日はもう出てしまったようだから、彼がこれを見るのは翌日以降だろうと思っていたら、その日の夜にメールが入った。ちょうど同期と食後のお茶をしようとカフェに入って何気なく携帯をチェックしたら、彼からのメールが来ていたので開くと、思わず顔がにやけて、彼女に「なに? なんかステキなメール?」とつっこまれてしまった。相手はいつもここに書いているダンディ先輩でございます。デコメールで「なんとお礼を言っていいか。嬉しいです」というものだったのだけど、そのあとに「今度食事に行きましょう」とあったのでこっちが嬉しくなってしまった。今もちょっと顔がにやけてる(笑)。ま、べつに変な意味はなく、前からのなんとなくの約束が延び延びになってしまっていただけなんだけど。わたしも25歳の乙女ですけん、男前と食事するのはココロオドルわけです。えへ。ちなみにそのときの話題はロックユー☆でしょう。

 ダンディ先輩は最近ますます仕事が順調なようで、私の耳にもその仕事振りが入ってくる。すばらしい仕事だったのでメールをしたら「そういって励ましてくれるのは奈起さんだけです」といってくれた。きゃあ。とかいってはしゃいでるのはなんか恋みたい。  ま、前にも書いたけれど恋というか崇拝なのです。ファンレターの返事をもらったみたいな喜び。(実際私設ファンクラブ会員ナンバー一桁みたいなものだ)

 私が彼に対して抱く気持ちを恋と呼びたいひとは呼んでくれてかまわない。でも、私は、性愛とは別の次元で、誰かを強くいとおしく思う気持ちを目覚めさせてくれた彼への気持ちを「恋」と呼んでしまうのはかえって、つまらないことのように思える。恋愛感情をくだらないと思うのではなくて、それとは別のものがこの世の中にあって、そういう気持ちだって、恋愛と同じくらい大事な気持ちであるはずなのだ。恋愛感情を抱き、抱かれたもの同志のように、私と彼は互いの心に踏み込むことはない。けれど、そういうことがなくても、人は誰かをとても大切だと思える、ということを気付かせてくれたのだ。(わたしが一方的に思ってるだけですが…)

 恋をしない私の人生をつまらないというひともいる。でも、恋以上に、自分の心をわきあがらせてくれるひととのふれあいだってたくさんある。ちなみに恋を全くしたことがないわけではないので、それとは別物の感情であるということが自分のなかでははっきりしているのだ。それは外からみると同じように見えるかもしれない。恋をした相手を思う気持ちも、恋の相手ではない彼をいとしく思う気持ちも、私のなかでは同じように大事だけれど、そういったものはうまく言葉にできない。すこしもどかしい気もするけれど、実は、最近はことばにできないこういう気持ちを味あわせてくれる空間や音にかこまれてたゆたっているのが、なかなか楽かったりする。

 こんなことを考えたのも、言葉にしがたい体験を近頃したからなのだけれど、それはまた別のお話。