そうさおまえはスターゲイザー

スターゲイザーは星を見つめるもの、という意味で、天文学者、とか、占星術師、とか、夢想家、という意味がある。らしい。編集者は言い換えると、スターゲイザーなのかも。

最後の晩餐曲

 死ぬ前にも死んでも聴きたいイエモン+ヨシロビソング墓場まで持ってくぞベスト10をご紹介。(M)はイエモン、(L)はヨシロビです。
ヤプログの字数制限でひっかかるので、二回に分けて書きました。第二弾です。

バラ色の日々(M) 自分の人生のテーマソング、というか未だ短い人生のどん底期に、この歌を聴いてとても励まされた。その頃とても好きだった人と決定的に決別した次の日にたまたま友人たちと御殿場に旅行に行ってそこで流星群をみた…というのが歌詞の「あの時感じた夜の音/君と癒したキズの跡/幾つもの星が流れていた/慰めの日々よ」と描かれた情景とあいまって、そのあとにつづけて「明日は明日の風の中を飛ぼうと決めた」と歌われているのにはずいぶん救われた。というかそのとき一緒だった友人にはほんとお世話になりました。
 どんなにつらくてもその場にとどまらず生き続ける吉井和哉の人生観があらわれ始めた歌詞の世界に本格的にはまっていったきっかけとなった。ついつい落ち込んでいる人にこの曲を勧めてしまうのだが、なかなか受け入れてもらえない(笑)。

パール(M) これまた「バラ色の日々」と同じ頃に聞きまくっていた曲。実はメロディはそんな好きでもないんだけど、「夜よ負けんなよ朝に負けんなよ」という歌詞を聴いて「夜っていいよな」とおもった。退廃的にではなく、夜を礼賛する歌詞というのは実は珍しいのでは。中学生的なもどかしさ炸裂の歌詞だけど、好きな人に思いを告げられないもやもや感がたまらない。しかも「君にまたいえなかった 夜がまた逃げていった」というオチがついているところもややシニカルでよい。「朝の来ない夜はない」という言葉よりもこの曲に励まされてしまう私っていったい…。「闇は孤独を包む貝殻さ」というのが夜にいろいろ妄想するわたしにぴったりです。…これ書いてるとかなり寂しい人間だということをさらけ出してしまって恥ずかしい(笑)。
楽園(M) 「猫も連れて行こう」っていう歌詞がいい。ってそれだけかい。猫好きな人間なんでそんなこと言われたらどこまでも着いていきます。というわけで私は傾向としてはかなり夢見がちなだめんずうぉーかー候補生なのだけど、反面ものすごくシビアなんでいまのところ愛の逃避行はしたことがない。してみたい。

(M) オリジナルではラストになったアルバム「8」のこれまたラストを飾る一曲。ラストシングル「プライマル。」が卒業を歌った曲だったため、文字通りラストソング的な色合いが濃くなってしまったが、ほんとうのイエローモンキーの解散はここで決まっていたんではないかな、とおもう。もがくことで前に進むめちゃくちゃな泳法で人生を泳いできた吉井和哉が、いつからか仲間にささえられて、まともな泳ぎ方を覚えるようになった。でも結果的にそれが彼の創作の足かせになってしまったんじゃないかなーとおもったりもするのだ。ソロになってからのインタビューで「いまでも一番好きなバンドはイエローモンキー」と語るのはきれいごとの嘘ではない、とおもう。解散後にメンバー全員インタビューやってるバンドもイエモンくらいだろう。峠を越えることを目指してきた人生がいざ、峠を越してしまったときに、どこを目指せばいいのかわからなくなる。峠を越えるまでの吉井和哉は「風は強いけど歩いていかなきゃ」と考える、いや、むしろ、向かい風が強いからこそそこから抜けて歩こうとする気力のわくタイプの人間だったとおもう。
 しかし「峠」はデモのつもり一発テイクだという。あまりにもみんなの一体感があったからOKのになったという話を聞いた。そこで一度達成してしまったことでもうイエローモンキーとしてはやっていけなくなっちゃったんだろうなとおもう。
 だから吉井さんは最初に「自分がイエローモンキーを抜けるから」とまで言ったそうだ。どこまでも自分を追い詰めないと生きていけない人なんだろうなとおもう。もっと楽な生き方ができるはずなのに。しかし最近のヨシロビ公式サイトではツアーをはじめて「この五年間、いろんな人が“吉井和哉”に心臓マッサージをつづけていてくれたような気がする。「死んではだめだ」と……」とおもったと書いている。そうだよ、皆待ってたんだよ。

天国旅行(M) なんというズバリなタイトル(笑)。吉井和哉の歌詞のテーマは基本的には「せい(生・性)」だとおもっているのだけど、これは死を歌うことで生への執着を見せた一曲だとおもう。この曲には死への恐怖がありありと表れている。「笑いながら死ぬことなんて僕にはできないから」というしゃがれた吉井和哉の声が耳に残る。アルバム「SICKS」を出すまでのイエローモンキーはヴィジュアル系のくくりに入っていたし、グラムロック色の強いサウンド吉井和哉を筆頭にビジュアル面での迫力がありありのメンバーがセットではそれもしかたのないことだ。しかし、退廃的な美と簡単に結び付けられてしまう死を、はっきりと恐怖という感情を持ってグロテスクに歌いきったこの曲は、あきらかに「ヴィジュアル系」なんちゅうのんきなくくりからは外れていた。というわけでこの曲を葬式で流したらみんな安らかに送れない気もするが…。