そうさおまえはスターゲイザー

スターゲイザーは星を見つめるもの、という意味で、天文学者、とか、占星術師、とか、夢想家、という意味がある。らしい。編集者は言い換えると、スターゲイザーなのかも。

涙くん、さよなら

 突然にやってきた波に流された。

 一緒にいるときに泣いてしまうことは、感動する映画を見てるとかでない限り、何をいわなくなって、私が彼を責めてることと同じ意味になってしまう。

 だから、泣かないようにしてた。
 というか一緒にいるときに泣くことなんてないと思ってた。

 それなのに、今日、ついにやってしまった。

 あ。
 もう行かなくちゃ。

 不意に時計を見て、彼があわてた声でそう言った。
 思っていたよりもずっと早い時間にこの場を去るという言葉に想像以上に衝撃を受けてしまったのか。
 行かないで、とか行っちゃヤダ、とか無邪気に言える年でも立場でもない。

 そう、とかうん、とか最低限の言葉だけ発し。

 最初は何でもない振りをして、顔を伏せた。
 気付かないのか、その振りなのか、
 彼が発した他愛もない質問に答えた声が震えた。

 こうなったらもうダメだ。
 
 彼は私が泣いてしまう理由を十分に知っている。
 だから、何もいわない。
 ただ、頭や肩をぽんぽん、と軽くなでるようにたたく。
 なんで何も言わないの、という思いと、彼が何もいわない理由をよく知ってる心が
 一瞬からみあい、体を少しそらす。
 
 なんの会話もないまま長いようで短い時間が流れる。
 彼がこの場を去らねばならない時間が少しずつ近付いている。
 やがて、意を決したように立ち上がり「行かなくちゃ」ともう一度言った。

 何も言えない私に、言いにくそうに、
 「仕事だから」
 と言う。

 お互い仕事に真剣に打ち込んでいない振りをしながら、でも、なんだかんだいって仕事が大事な人間同士なのもわかってる。だから、この場は私はにっこりと笑って、「うん、がんばってね」といわなければならなかった。

 なのに、かわりにまた涙がこぼれた。

 顔を見なくても、顔に出なくても、彼が困り果てていることはよくわかっていた。
 こんなときに、空気を感じる肌はとても敏感だ。

 それから、もう少しだけ、泣いた。
 
 こんなに泣いたら、メイクが落ちるなあ…。
 こんなときなのに、心は、変なところ冷静で困る。

 最後の最後。わかれる間際の一瞬だけ、無理に笑った。
 無理やりすぎて、笑顔というにはあまりにも崩れた顔なのに、彼が纏う空気がふとゆるむ。

 行ってくるね。
 風邪、引かないように。

 そうして彼の姿が見えなくなって、ついにこらえきれずに
 誰も見ていないところで声を上げて泣き出した。

 ひとしきり泣いた後も、まだ涙がこぼれてくる。
 なにも ことばに ならない。

 だけれど、ひとこと、あやまらなくてはダメだ。と思った。
 無理に作ってくれた時間を泣いて無駄にした、と思った。

 一緒にいるときに辛くなったら、一緒にいる理由なんてない。
 一人でいたって辛いんだから、一緒にいるとき辛くなったら、ダメだ。

 いつもなら、ゴボゴボと溢れてくる言葉は、結晶化される前にはじけてしまう。
 だから、ただひとこと。

 ごめんね。

 とだけメールをした。