そうさおまえはスターゲイザー

スターゲイザーは星を見つめるもの、という意味で、天文学者、とか、占星術師、とか、夢想家、という意味がある。らしい。編集者は言い換えると、スターゲイザーなのかも。

あまのがは

 七月七日はそういえば七夕なのだ、ということをすっかり忘れていて、短冊にお願い事を書いてつるす、なんてことも当然忘れていて、今日になって、そういえば七夕ですね、ということを会社の先輩たちと話していて思い出したのであった。昔は空を見上げれば天の川が見えると思っていましたよね、という話をしたりしてしばし盛り上がる。

 七夕にどんなお願いをしていたとか、サンタさんから何がもらいたかったか、今となっては思い出せないけれど、2005年の七夕はちょっと忘れることのできない体験をした。

 久しぶりにお会いする人と先輩と三人で江戸川橋でよるごはんを食べていて、さてもう一杯飲みますか、というとき、その方がナイスなことを思いついたんですけど、と言い出した。江戸川橋といえば、椿山荘がある。ここは、ふつう結婚式でもない限り行く機会がないけれど、実はとても素晴らしい庭園があるのだ。この庭園には、夏になると蛍がいるんですよ、とその方はおっしゃる。夕立あがりの夜の空気の中を、ほろよいで楽しむには絶好の場所だ。

 蛍はぜひ見たい、というので、我々は夜のフォーシーズンズホテルへと向かった。実は中にはいるのが初めてだった私は内装や、飾られている調度品の美しさに心を奪われながら(余談ですがかなりステキ)庭園へ通じる階段をおりていった。

 夜の椿山荘庭園は、ライトアップされていて、それはもう美しかった。滝からおちる水の音が耳に心地よい。しかし、煌々と光る灯りのなかでは、どうやら蛍は見つけられそうもなかった。蛍がいるスポットと庭園案内図にかかれている付近で目を凝らしても、何も見えない。白い光に雨に濡れた木々が照らされてまぎらわしく光るのみ。しかたない、あきらめてホテルのバーで一杯飲んで帰りますかということになった。その前に、園内を一周していきましょう、と滝のトンネルや三重塔などを見てホテルへと戻ろうと階段を下りていた、そのときだった。突然、園内のあかりが消えた。  「!!!」

 突然のことに、私たちはとまどい次々に不安が口からこぼれた。最初は閉園時間がきたのかと思ったが、まだ十時。どうやらこの時間になると、園内の灯りは消されるらしかった。
 暗闇に目がなれて、また状況がなんとなく理解できたところで、不安よりも、安易なサバイバル感が湧いてきて、妙にわくわくしてくる。もしかして。灯りが消えたのだから、蛍の弱い光も見えるかもしれない、という期待も沸いてきた。

 そこでゆっくりと周囲に目を凝らしながら歩く。水辺でふと足を止めて、蛍がいないかしらん、と皆で闇を見つめてみた。「あ!」一人が声を上げた。あそこ、いますよ。細心の注意をはらって指を指されたあたりに目をやると、たしかに、いた。いや、そこに光があった。弱弱しいながらも、点滅し、そして、暗闇の中にもできる、影にもさえぎられることのない光があった。「いる!いますね!!」一気にテンションがあがる。よく観れば、そこにはいくつも光が点在している。これは、ひょっとしてひょっとして。わたしはかなり感動したけれど、最初に発見した方は物足りないらしかった。「もっとぐわーって光ってるイメージだったんだけど」自らが言いだしっぺで、私たちを連れてきたことに責任を感じていらっしゃるのか、やや不満気。こうなると欲が出てくるよね、と最初にみた蛍スポットへともう一度向かうと、今度ははっきりとわかった。びっくりするくらい、はっきりと。蛍の光が、水辺に近い、草の上と中とで光っている。「うわあ…」驚きの声はやがてため息に変わり、私たちはしばしば、新しい光を見つけては、叫びそしてため息をついた。いくら見ていても飽きはきそうになかった。しかししゃがみかけていて、すこし足がしびれたのう、と思ったそのとき。飛んだ!蛍が、停止しているときよりもずっと強い光をともしながら、ゆらゆらと闇に泳いだ。ボキャブラの泉が枯れ、あるいは、「ちょwwwおまwwwww」とにわかVIPPERになりそうになりながらしかしこの感動をなんと言葉にしてよいものやら、ただただあほ面を闇に隠して、宙を見つめ続けた。蛍はそのあとも何匹も闇の中を泳ぎ、私たちはただただそれを見つめた。十分にみつめ、閉園時間が近づいたところでようやく切り上げることにした。それでも名残惜しく、ずっと下を見ながら歩いた。

 十分に満足したところで、ラウンジでお茶して解散。帰りの電車の中、目を瞑ると小さな蛍の光がまぶたの裏に見えた。その小さな光は、七夕だからこそ見えた、地上の天の川だったのかもしれない。

 ふくやまけいこの名作『東京物語』のなかでも特に印象深い一篇がある。雑誌社の編集者である平介が、雑誌にあながあきそうになって、地方在住の青年に急遽代理原稿を頼むべく、呼び寄せた。ところが東京に慣れぬ青年は、騙されて原稿の入ったトランクを盗まれてしまう。平介の友人、草二郎とその友人たちの協力で結局、すったもんだの末、泥棒は捕まるのだが、なんとしたことか、おちるはずの原稿がはいって、青年の原稿は載せられないことになってしまう。青年は、病気の妹が待つ郷里へとその日のうちに帰っていく。動き出す汽車に追いすがるように、草二郎が声をかける。「書き続けて…書き続けてくださいね!」見送り帰りの道すがら、草二郎は、平介にぽつぽつと語る。中国帰りの草二郎は、日常会話に支障はなくても、これまで、小説や詩を読んでも、ほんとうに理解できているのかわからなかったが、あの青年の詩は違った、というのである。
 この話のラスト1ページはとても味わい深い。

(すみません今本が手元にないので後日アップします…)